ありがとうを贈ろう。

ありがとうの本2011

絆創造業 平安閣グループ

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元上司へ
入社して4年間お世話になった会社が業績悪化により私は退職することになった。 でも私はこの会社が大好きだ。 この会社で働く人たちのことはもっと好きだ。 上司は私のことを最後まで気にかけてくれた。 退職後も私の進路をずっと心配してくれた。 新しい会社に勤めて、 私を一人前の社会人に育ててもらったことがありがたいことなんだと気づかされた。 新入社員を迎える度にいかに自分が温かい目でみんなに育ててもらったのかを実感し、 自分もそんな風に人を育てられる人になりたいと思う。 そんなすてきな人と仕事ができたこと、 そして今もたまにみんなでおいしいお酒を飲める関係が続いていることを幸せに思う。
福岡県 33才 男性
母へ
母は新聞の料理欄 (レシピ) を切り抜き、 それをノートに貼って1冊の料理本を作ってくれました。 私が結婚する時にその料理本をプレゼントしてくれました。 料理が苦手だった私には大変役に立ちました。 今でも 「今日の晩ご飯は何にしようかな。」 と献立に困った時は、 この料理本を開いてメニューを決めています。 我が家の食卓を26年間支えてきたのは、 母が作ってくれた料理本です。 おかあさん、 ありがとう。 健康に気をつけて長生きしてほしいです。
兵庫県 49才 女性
天国にいるおばあちゃんへ
3歳になる双子の娘たちがおりますが、 私の母が2人を可愛がってくれている姿を見ていると、 きっと私もおばあちゃんに、 こんな風に愛されていたんだな、 と感じます。 おばあちゃんは私が高校生の頃に他界してしまいました。 まだ元気でいてくれた頃は、 私は子供だったので、 愛されているのは当たり前で、 感謝を伝えるなんてことを考えつきませんでした。 おばあちゃん、 私を愛してくれてありがとう。 おばあちゃんから母へ、 母から私へ、 受け継いだ愛情に感謝して、 日々生きていきたいと思います。
愛知県 33才 女性
お母さんへ
この前、 お母さんの夢を見ました。 お母さんが、 眠っている私を起こして 「朝ごはん、 出来たよ。」 と声をかけてくれました。 私はびっくりして飛び起きました。 でもそこには、 お母さんはいませんでした。 悲しくて、 泣きました。40歳にもなって、 子供も2人もいる立派な大人なのに。 お母さん、 今までいつも朝ごはん作ってくれてありがとう。 当たり前と思っていたけど、 その日常が無くなることがこんなにも寂しいとは思いませんでした。 今、 2人の子供を育てながら、 お母さんにしてもらったことはこの子たちにも同じように愛情かけてあげようと思っています。 今まで、 私を育ててくれてありがとうございました。
千葉県 40才 女性
家族と私につながるみなさんへ
先月末、 長男が突然喘息といわれ発作の為入院しました。 下の娘もいるため朝5時に病院をでて娘のお弁当を作りまた病院へ。 夕飯の前後にも帰宅・・・。 疲れ切ってた私にさみしいのに涙をこらえながらママ無理しないで!パパもいるからと病院へ送り出してくれた小3の娘、 長男の退院と入れ替えに夫が入院、 大変だったけど周りでささえてくれるみなさんや、 家族そして普通でいられることに感謝・・・ありがとう!
愛知県 43才 女性
お父さんへ
病気を患い、 その道一本で長年勤めた職場を急遽退職する事となったお父さん。 あなたは気遣い・心遣い・礼儀に大変厳しい人。 お客様方に退職の挨拶が出来なかった事を後悔していましたね。 入院中、 急遽退職したあなたの元に長年お付き合いのあるあなたのお客様が、 わざわざ職場から聞きつけあなたの元に見舞いに訪れた時、 あなたの生きざまを目の当たりにした気がし誇りに思っています。 私もあなたのような人間になりたい。 そして子供達にもあなたの精神を伝えていきたい。 大切な事に気づかせてくれて、 お父さんありがとう。
青森県 29才 女性
お腹の中にいる赤ちゃんへ
パパとママを選んでくれて。 ありがとう。 今日も元気にお腹の中で動いてるね。 安心するよ。 ありがとう。 あなたを感じると、 とても幸せな気持ちになるよ。 もう少しで、 あなたに逢えるね。 その時、 「産まれてきてくれてありがとう。」 ってあなたに贈りたい。 ママ、初めて言う言葉だけどちゃんと言えるかな?
愛知県 34才 女性
父へ
夏の暑い日でも、 庭の芝を丁寧に刈る父の姿。 小さく切ったダンボールを座布団代わりにして、 芝の上にチョコンと座る。 剪定鋏を黙々と動かし続ける。 大正生まれの86歳。 息子61歳。 男と男。 昔から男同士は、 照れからか言葉を口に出してなかなか言えない。40年、 心の内に思い続けている父への感謝の言葉。 子供の頃、 素直に言えたあの言葉。 「とうちゃん、 ありがとう。」 手紙なら言えるかも。
愛知県 61才 男性
家族全員へ
私は今回の東日本震災で大変な被害を受けて、 精神的にも肉体的にもまいってしまいました。 そしてその間もその後も頑張れたのは家族がいたことだと感じました。 震災3月11日当日、 茨城には私と妻と次男と3人がいました。 そして長女は千葉、 長男は島根にいたのです。 電話がなかなかつながりにくくて大変だったのですが、 やっとつながった時はこっちが被害地なのに心配で心配で仕方なく、 ホッとしたのです。 この時は5人が一緒の部屋にいて話をしているような雰囲気になって100km離れた千葉、1000km離れた島根が近く感じ、家族の絆を感じ家族全員にありがとうを言ってしまいました。
茨城県 53才 男性
亡き母へ
私は妊娠7ヶ月の妊婦。 自分もこうして母のお腹で育って来たんだなと実感する日々。 母は私が高校3年の時に他界。 私を生む前から病気がちで、 私がお腹に宿った時周囲から反対されながらも私を生んでくれた。 その後病気が悪化し入院。 その為私は従姉妹の家で育ててもらった。 母と一緒に暮らした時間はほとんどなかった。 今、 自分が妊娠して初めて気づいた事がある。 命を育てる大変さだ。 どんな思いで生んでくれたのか、 健康な体でも大変なのに、 弱い体で私を生んでくれた母。 私が今ここにいるのは母のお陰。 直接母に言えなかったけど今心から伝えたい。 私を生んでくれて、 ありがとう、 と。
愛知県 25才 女性
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