ありがとうを贈ろう。

ありがとうの本2013

絆創造業 平安閣グループ

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お父さんへ
自営業の私の家では夏は扇風機、冬はストーブ1つの環境で溶接するお父さんを、いつだって見ることができました。そこにはいつも、文字どおり汗水流して働くお父さんの姿。自分が会社員になってわかったのは、会社に行けば給料がもらえる会社員と違い、自営業は自分が動かない限り、収入にならないという事。私は「よく働くね」と褒めて頂く度に、その言葉は、背中で見せてくれたお父さんへの言葉だと思っています。一生懸命働いてくれて、働く姿勢も教えてくれて、どうもありがとう。
愛知県 39才 女性
おばあさんへ
戦時中でお前がわしの所に嫁ぐことになり、わしははっきりと言った。「うちには米俵一俵もないが、一生懸命働いてお前にたらふく食わせてやる。」と言ってから半世紀以上が過ぎた。おばあさんも家事・育児・仕事に本当によく働いてくれた。今では家を建て、子供たちを嫁がせ、孫・ひ孫に囲まれ、幸せじゃ。高度経済成長で夜勤のわしを支えてくれたのはおばあさんじゃ。幼い子供を置いて名古屋に単身赴任で行かざるを得なかった時、本当に申し訳なかったと思う。いつも孫娘に言っている。「おばあさんを大事にしちゃっておくれと・・・。おばあさんを楽しませちゃてくれや・・・。」と。苦労もいっぱいしたが、感謝以外の何物でもない。本当にありがとう。
愛媛県 82才 男性
姪へ
あなたが我が家へ来て、もう二年が経ちました。六人家族でしたが、震災であなた一人になってしまいました。避難所へ迎えに行き、東京の我が家へ来てから、あなたはずっと泣いていました。あなたの悲しい気持ちは、私にはわからないかもしれません。それでもあなたに対して、我が子と同じに育てています。いつしか、あなたは笑顔になる様になりました。哀しみは消えませんが、笑顔を増やす事は出来ます。あなたに出会えた事、いつかあなたにお父さんと呼んで貰える様に、私は頑張りたいと思います。毎朝、笑顔でおはようと言ってくれて、本当にありがとう。いつかあなたを養子にしたいと思っています。本当の親子になれる様に頑張ります。
東京都 42才 男性
妻へ
日常は、ごく平凡に過ぎていきます。しかし、あなたが初めて入院して、日常が百八十度変わりました。平凡ではない、僕だけのひとり暮らし。食事も掃除も、すべてあなた任せだったことが判りました。家の中で、一円の所在すら判らず、集金人に赤面するばかりでした。いままでの僕は、威張り散らす、内弁慶だと、つくづく知りました。あなたへの感謝の気持ちを忘れていた僕が、ひとりコンビニ弁当を食べながら、あなたがこの家に戻ってくる日を待っています。まず、玄関先で「ありがとう」を言いましょう。きっと、涙を浮かべる僕がいるかもしれません。その時、驚かないで、笑顔で応えてください。
岐阜県 60才 男性
温かい笑顔の老夫婦へ
11年前のゴールデンウィークに東山動植物園で出会った老夫婦。その年に妻を亡くした私は当時小学2年生の娘に他の家庭と同じ様にしたくてお弁当を作ってみたものの、味も見た目も残念な結果に。お昼時になり娘とお弁当を広げましたが娘が落胆しているのは明らかでした。それでも文句を言わずに食べている娘を楽しませたいと思えば思うほど空回り。周りには楽しそうに過ごす家族がいるのにどうして、と落ち込んでいたところにあなた方が「私たちは乗らないからもらって。」と乗り物のチケットをくれました。その温かい笑顔をみた途端、何を無理していたんだろう、私は私に出来る事をしようと吹っ切れました。今思えば、あの時子育てをしていく決心が出来た気がします。本当に本当にありがとうございました。ちなみに、娘は乗り物のチケットをもらった事は覚えていますが、お弁当は記憶にないようです。寂しい気もしますが、こんなものなんでしょうね。
愛知県 59才 男性
天国の友人へ
あなたと出会うまでの私は、自分の病気からも自分自身からもいつもいつも逃げていた。でも、あなたと出会って同じ病気と闘うあなたを見て、自分自身と向き合う大切さを知った。何回入院しようと、何回手術しようと、何回検査しようと、あなたは逃げずに闘っていた。その姿を見て、大切に生きること、自分の体を大切にすること、助けてくれた人達に感謝することを学んだ。あなたはもう空の上だけど、あなたに出会えたこと、あなたの友人であることに心から「ありがとう」って言いたい。毎日が大変だったときに私の幸せを願ってくれてありがとう。最後まで真っ直ぐに生きてくれてありがとう。あなたは私の誇りです。
兵庫県 28才 女性
恋人へ
4月から私の彼は消防学校に入学しました。同時に遠距離恋愛になりました。大学生のときは毎日のように会えていたのに、離れることになってとてもさみしかったです。消防学校はとても厳しくて、なかなか連絡をとれない日々が続きます。そんなとき私は、会社で大きな失敗をしてしまいました。訓練を頑張っている彼に心配をかけまいと、それまでは悲しいことがあっても明るいメールを送っていましたが、どうしても辛くて「さみしい」と書いたメールを送りました。そうしたら、携帯が使えないはずの彼から電話がかかってきました。「ちょっとだけしか話せないけど、いつでも味方だから、頑張って。」30秒くらいの電話だったけれど、すごく元気が出ました。また明日から頑張ろうと思えました。あなたは私の心の支えです。本当にありがとう。
愛知県 22才 女性
駐輪場のおじさんへ
電車通勤で利用する駅の駐輪場。60代~70代だと思われる駐輪場の整備・管理の仕事をしている男性。どんな雨の日でも、カッパ姿でキビキビとした動きで早朝から仕事をされ、毎朝、大きな声で「おはよう」と多くの人に挨拶をしてくれます。強面で愛想はないんだけど、まるで学校の校門で生徒の登校を見守る先生のような感じがします。今日も一日がはじまったという気持ちに加え、毎朝新鮮な気持ちにさせてくれます。頑張って行って来いといわれているような気持ちです。大切な習慣の挨拶が当たり前にできなくなっている現代で、地域のこうした方の存在は、大変貴重で素晴らしいと思います。「毎朝ありがとう」という感謝の気持ちです。
岡山県 37才 男性
長男へ
今から7年くらい前の話です。パートから帰ってきたら、だるくてだるくて、体温計で計ったら38度、すぐに布団をひいて倒れこむように寝た私。どれくらいたったのだろうか、台所からプーンと良いにおい。当時中3だった長男が、「母ちゃんみたいには出来ないけど・・・」と、うどんを作ってくれていたのでした。油揚げとネギの入ったそれはそれはやさしい味のうどんでした。ちょうど、反抗期真っ只中の長男、会話なんてなく、口にする言葉は、「るせぇ~」「かんけぇーねぇ~」だったけれど、そんな長男が作ってくれたおいしいうどん。ホント、身も心もあったかくなる感じがして、涙も出てきてしまった。ホント、ありがとうね。
埼玉県 56才 女性
お母さんへ
「3年間とっても頑張りました。ハナマルです。100点・・・ううん120点です。これからも自分を信じて、自分で決めた道を歩んで行って下さい。」高校生最後のお弁当の日、お弁当と一緒に入っていた手紙。人目をはばからずボロボロ泣いたよ。3年間頑張ったのはお母さんなのに。3年間ずっと手作りお弁当を作り続けてくれたお母さん。あの頃素直にありがとうって言えなくてごめんね。あれから12年、お母さんが書いてくれた手紙の通り自分を信じて歩み続けたら、素敵な旦那様に巡り合え、大切な命を授かりました。今度は私が母になります。お母さん、あの頃言えなかったありがとうを今、伝えます。大好きなお母さんへ、「ありがとう」。
愛知県 29才 女性
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