- 最愛なる妻へ
- 妻へありがとうと伝えたい。私は三十路まで母親と二人で実家暮らしでした。社会人として仕事は勿論し、幾らかのお金は実家に入れるも、三食寝床つき、きっと甘ったれた社会人でした。そんな時に、一回り年下のキミと出会い、恋に落ち、何とか私と結婚してくれました。考えの甘い私とは相反し、キミは精神的に大人でした。私が後ろ向きな言葉を使っても、キミは「もっと前向きに生きようよ、仕事があるだけ幸せだよ」と言います。仕事が辛いと漏らしても、「それなら私が働くよ」とキミは言ってくれました。心を洗われる気持ちでした。大きな愛で包まれる私は本当に幸せです。優しさに甘えるだけでなく、キミを幸せにするのが私にできる恩返しです。同じ方向を向いてこれからも私とお付き合いください。いつもありがとう。
- 栃木県 37才 男性
- 小学校の先生へ
- 私が小学生の頃、県外から赴任してきた先生がいました。その先生はいつも笑顔で、誰に対しても「ありがとう」と言う先生でした。ある日の授業で、その先生から「感謝」について教わった事をいつまでも覚えています。先生は、「感謝すべきことは、日常の中にたくさんあります。毎日 ありがとう と言えば、毎日が楽しくなります。」と。ひねくれていたその頃の私は、あまり積極的ではありませんでしたが・・・。今、私は社会人となり、あの先生の言葉を実践しています。先生がいつも笑顔でいられた理由も分かった気がします。小さい頃から私に「感謝」について教えてくれた先生に ありがとう と伝えたいです。
- 愛知県 28才 男性
- 駐輪場のおじさんへ
- 私が高校に入学した時から、10年間。毎日ずっと使っている自転車置き場にいる、おじさん。毎朝バタバタしながら自転車に乗り、自転車置き場へ行くと必ずニコニコしながら大きな声で「おはよう。今日も気をつけて行って来てね!」と声をかけてくれます。その明るい声に、よし、今日も一日頑張ろう!と嬉しい気持ちになります。高校を卒業して、時間が変則的な仕事に就いた私は朝、なかなかおじさんに会う機会が減ってしまいましたが久々に会っても、「久々だね」と声を掛けてくれたり自転車を変えた時は気づいてくれたりと。私にとって毎朝頑張ろう!と思える大切な存在です。おじさん、いつも毎朝笑顔をありがとうございます。
- 愛知県 24才 女性
- 息子へ
- コロナ禍で大変な時期でしたが、長男の結婚式が無事にできて本当に嬉しかった。式場の事や結婚式の事を聞くと照れくさいのか当日来てくれれば大丈夫だからと詳しくは教えてくれませんでしたが、とても素敵な披露宴で最後の息子のスピーチの後、母への手紙としてサプライズで私への言葉を読みあげてくれました。その中で僕の性格は母親ゆずりで僕にはそれが自慢ですと言ってくれました。私にはそんな言葉や素振りは一度も見せた事がないのに感動的なその言葉に私の方こそありがとうと心の中でその想いでいっぱいになりました。家族が増えてこれからもよろしくね。
- 愛知県 53才 女性
- 医療従事者の皆様へ
- 私たちの大切な人の命のために日々尽力してくださり本当に感謝です。 目に見えない危険なウイルスと戦うのは私たちには想像もつかない労力だと思います。本当にお疲れ様です。 そして皆様を影で支えておられるご家族の皆様も大変な思いをされていると思います。 一部の報道では医療従事者やその家族に差別的な発言や行動が見られると聞きました。本当に残念ですね。 まだまだ先が読めない状況だと思います。 どうか皆様お体に気を付けてください。 皆様のおかげでこの苦境を乗りきれることができると思います。 「皆様の行動は必ず報われます」 これからも頑張ってください!医療従事者への負担を掛けない様に、絶対にコロナにかからない様に不要な外出を控えます 。始まりあれば、終わり必ずあると信じて心からありがとう
- 愛知県 61才 女性
- ボランティアの人へ
- ぼくは、ボランティアの人にありがとうを贈りたいと思います。なぜなら、お金をもらっている訳でもないのに、地震や台風が起きたらすぐにかけつけ、行方不明の人を探しているからです。また、押しボタン信号の旗当番の人、見守り隊のボランティアの人、ぼくたちの安全を守ってくれてありがとうございます。ぼくは、大地震が発生したところに行って、ボランティアをしてくださいと言われても、断ってしまうかも知れません。ボランティアの人がいないとできないことが、世の中にはたくさんあると思います。みんなから見えていないところで世の中を支えているボランティアの人にありがとうを贈ります。
- 愛知県 11才 男子
- 妻へ
- 私がありがとうの言葉を贈りたいのは、妻です。私は毎朝5時に起きて仕事に向かいます。朝が弱い妻はいつも、まだ寝ています。私が家を出る時も、まだ寝ています。私はクローゼットを開け、白のワイシャツを着て、お気に入りのアイスティーが入った水筒を持って、出勤します。妻はまだ寝ています。それが我が家の日常でした。妻は大きな病気を患い、入院をしました。私が当たり前だと思っていた日常は、脆くも崩れ去りました。当たり前のように着ていた、クローゼットの中の、妻がアイロンをかけてくれていたワイシャツも、当たり前のように持って行っていた、妻が前日の夜に用意してくれていたアイスティーが入った水筒も、無くなりました。妻が入院してはじめて、いつも妻が気遣ってくれていた、何気ない些細な色々なことに気付くことができました。妻の病気は完治し、退院しました。私が当たり前だと思っていた日常が戻ってきました。アイロンのかかったワイシャツも、お気に入りのアイスティーも、戻ってきました。でも、私はもう、当たり前だとは思いません。妻へ、いつもありがとう。
- 愛知県 44才 男性
- お兄ちゃんへ
- いつもやさしくしてくれてありがとう。まだ、私が小さいころに東京に上京していったけど、たまに顔を出してくるお兄ちゃんの顔は、笑顔であふれていたね。私はそういうお兄ちゃんの顔が大好きだよ。そして、お兄ちゃんは、いつも相談に乗ってくれたね。それは、すごくささいなことだけど、私は、とってもうれしかったよ。ありがとう。もし、私が大きくなったら、お兄ちゃんと旅行にいってありがとうの恩返しがしたいんだ。これからも、体に気をつけて、また家に顔を出してね。お兄ちゃん、ありがとう。そして、これからも、よろしくね。
- 愛知県 12才 女子
- おばあちゃんへ
- なかなか伝える事ができないので、「ありがとう」の気持ちを伝えます。小さい頃から、おじいちゃん、おばあちゃんのお家へ遊びに行く事が多く、とても可愛いがってくれて、ありがとう。おばあちゃんの内職を手伝うこともあったよね。一緒に作業したり、教えてもらった事ができる様になった時に、とても嬉しかったことを覚えています。おばあちゃんから、日本人の気遣い、自分の事だけでなく、相手の事を第一に考える気遣いも教わりました。おばあちゃん、小さい頃から優しくしてくれてありがとう。コロナでなかなか会いにいけないけど、体に気をつけて、いつまでも元気でいてください。元気に会える日を楽しみにしています。
- 広島県 40才 女性
- 学校へ
- 私が、1年生の時からずっと、通っていた、小学校。小学校で、泣いて、笑って、イラついて、一年間があっという間に過ぎて、学校で、友情、勉強などたくさんの事を教えてもらった。私は日本人じゃないけど、先生達は、やさしく、ていねいに一つ一つ教えてくれた。そのおかげで、たくさんの友達がいる。先生達は、どこにすんで、どこから来たのかを気にせず、先生は、一人のせいととして、見てくれていると思う。私は、学校が大好きだ。ありがとう学校。
- 愛知県 11才 女子