ありがとうを贈ろう。

ありがとうの本2013

絆創造業 平安閣グループ

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支えてくれた人へ
今、僕は16才です。たった16年間生きただけで「ありがとう」と感謝したい人がどれ程いるのだろうか?目を閉じて考えてみた。生んで育ててくれている両親、可愛がってくれている祖父母、お世話になった幼・小・中高校の先生、友達、数え出したらきりがない。これからは、もっと増え続けると思う。「ありがとう」は簡単な言葉だけどとても大切な言葉。僕は、これからの人生を「ありがとう」の気持ちを忘れずに生きて行きたい。そしてまた、これからは「ありがとう」と言ってもらえる人生にしたい。僕が年を取り、死ぬ直前に本当に最後の最後に言う言葉は、「ありがとう」でありたいと思っている。今まで僕を支えてくれたすべての人に「ありがとう」を贈ります。
愛知県 16才 男性
亡き父母へ
先の戦争中ミンダナオ島沖で艦もろとも撃沈し散った未だ若き父。四人の幼子を必死で育ててくれた今は亡き母。半世紀たって古いアルバムから見つけた晴着の私。裏書きに「げんきでおべんきょうをしっかりなさい」幼い私にも判るよう仮名で書かれたメッセージが見つかった。半世紀以上たって届いた父からの手紙「お父さんありがとう」涙で文字が霞んだ。後年、神さんに近くなった母だけど何時も鮮明に話してくれた上高地の新婚旅行。短い夫婦の一番楽しかった時、今頃一緒に想い出話でもしてるかな?「お父さん!お母さん!本当にありがとうございました。もうじき、髪が白くなった娘が逢いに行きます。メッセージが書いてある写真を持ってね。」
埼玉県 77才 女性
ママへ
昔から、他の子の家よりうちは厳しいなあと感じてた。だからかな、たぶん私はずーっと反抗期だった気がする(笑)。だけど、実家を離れて社会人として働いている今、ふと思うのは、昔から生活態度について厳しく言われてきたけど、全部私がまともな人間として生きてくために大切なことばかりだったんだなってこと。たぶん私もいつか自分の子供ができたら同じように躾をするよ。ママ、今までありがとう。これからも頑張るよ。
愛知県 20才 女性
小5の担任の先生へ
先生は初めて私を褒めてくださった先生でした。学校では内気で、友だちもなく過ごしていました。明るくなりなさいとの注意ばかりでした。5年生になり、新しい担任の先生は毎日、「源義経」を読み語ってくれました。物語が私を広い世界に、知らない世界に連れて行ってくれる、こころがワクワクする、主人公と喜びも悲しみもともにできる。私は学校に行くことが、物語を聞くことが好きになり始めました。先生は「おとなしいけれど、人の話はしっかり聞けるね、本はたのしいよ。」と褒めてくれました。その後、私は学校の図書館司書になり、定年を迎え、今も本が大好きな毎日を過ごせています。本という生涯の友に導いてくださった先生、ありがとうございます。
滋賀県 63才 女性
母へ
早いもので、母が亡くなってから丸10年が経ちました。私の故郷の千葉県では遠足や運動会、お花見といった季節の行事には必ずといっていいほど太巻き寿司を作ります。母は私が帰省する度に、いつも太巻き寿司を作って待っていてくれました。亡くなる前の年、「なんだか最近、力がのうなってしもうてなあ、思うように寿司が巻けんようになってしもうただよ。」と悲しそうにつぶやきました。「お母さん、寿司はもういっぱい堪能させてもらったから無理せんでも良いんよ。」私はそんな風に言ったと思います。帰りの車中でお土産の巻き寿司を食べていると、母の言うように手からぼろぼろと、ご飯粒がこぼれ落ちました。母の言葉を思い出すと、切なくて涙が止まりませんでした。今度は私が太巻き寿司を作って母にご馳走する番です。お母さん、あなたほど旨くは巻けないけど今度の母の日には巻き寿司を作るから食べてね。天国の母へ。ありがとう。
新潟県 52才 女性
夫へ
仕事中に脳出血で倒れ車椅子生活になって早7年目。毎日リハビリを頑張っているあなた。一歩も歩く事が出来なかったけど今は少しづつ杖で歩ける様になりましたね。あなたの日々の努力には頭が下がります。「こんな体になって何も出来ない」と言いますが私はあなたが生きていてくれるだけで幸せです。神様が2人でのんびりする時間を与えて下さったと思っています。あなたの入院中、私は眠れなくなったり、食事の味が分からなくなったりしました。でもあなたが退院してから眠れるようになり食事もとても美味しくなりました。あなたが側にいて下さるだけでこんなにも安心感があります。「生きていてくれて本当にありがとう。」
愛知県 65才 女性
夫へ
私が今まで「ありがとう」という言葉を一番もらったのは、夫からです。朝、起こせば「起こしてくれてありがとう」、食事を作れば「おいしいご飯を作ってくれてありがとう」。普通の主婦の仕事をしてもその都度「ありがとう」と言ってくれます。夫は家事がほとんどできない人で本当に手がかかるのですが、なにげないことにでもいつも感謝の言葉をくれるので、私も嬉しくなりついつい世話をやいてしまいます。夫は子供のような人で、心にあることしか口に出しません。いつも心からの「ありがとう」という言葉をもらって、幸せな毎日をおくっています。私も心からの「ありがとう」を素直に夫に言える妻でありたいと思っています。
大阪府 52才 女性
両親へ
今、思うとオヤジやオフクロに面と向かって「ありがとう」なんて言葉に出して言った事はない。これからも照れ臭いと言うか、気恥ずかしいと言うか、言葉に出す勇気はない。でも心の中ではいつも感謝でいっぱいです。オヤジは平凡なサラリーマンでしたが、現在は定年で年金生活を送っております。私は地元の高校を卒業し、東京の大学に行きたくて、無理を承知で両親に頼み込んで、東京の池袋に下宿しました。今、思うと安サラリーマンであったオヤジもオフクロもかなり経済的に大変だったろうと、私も社会人になり、家庭をもち、つくづくそのありがたさを感じています。これからは、75才を過ぎた両親には、1年でも長く、健やかに生活出来ますよう、私が心身両面で気を配り、サポートして行きたいと思います。オヤジ、オフクロ、本当にこれまでありがとう。
愛知県 39才 男性
祖母へ
「あなたにも早く素敵な旦那さんが見つからないかな」それが祖母との最後の会話でした。昨年6月21日早朝、祖母は大好きな庭で冷たくなっていました。生まれてから26年間、一人っ子の私はおしゃべりしたりテレビを見たりいつも一緒でした。私の帰りが遅くなるとどんなに寒い夜でも家の門の前に立って帰りを待っていてくれました。亡くなる前日、テレビの前で寝てしまった私に布団をかけてくれたのも祖母でした。恩返しすることも感謝することもできずに祖母は逝ってしまいました。この場を借りて伝えたいです。おばあちゃん、今までありがとう。私、結婚が決まったよ。今、とっても幸せです。
愛知県 27才 女性
ガソリンスタンドのおじさんへ
いつもパパのガソリンをいれてくれてありがとう。いつもにこにこえがおで、わたしにてをふってくれてありがとう。おじさんにてをふってもらえると、わたしはこころがポカポカになってうれしいきもちになります。だからわたしもおじさんにいっぱいてをふりかえします。いつもおかしのクーポンをたくさんくれてありがとう。クーポンとおかしをこうかんして、おにいちゃんたちといっしょにたべたらとてもおいしかったです。おにいちゃんもありがたいねといっていました。おじさん、まいしゅうパパのくるまにガソリンをいれにいくので、ずっとげんきにまっててください。ほんとうにいつもありがとう。
愛知県 6才 女子
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