ありがとうを贈ろう。

ありがとうの本2016

絆創造業 平安閣グループ

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姉へ
僕が小さかった頃、母子家庭で働きながら僕と姉を育ててくれた母が病気で死んだ。僕はまだ何も分からなかった子供で、十も離れた姉も成人したばかりだった。親戚の間では施設に預ける話もあったらしいが、葬式の後、姉は「あんたは誰と居たい?」と聞き、僕は深く考えずに「姉ちゃんと居たい。」と言った。それからは姉が一人で僕を育ててくれた。高校生になってバイトを始めて、初めて働くことの辛さを知ったが、姉はこれよりもっと長い時間働き、僕を食べさせてくれていたのだと思うと感謝でいっぱいだった。かつて、幼かった僕の意見に耳を傾けてくれ、今も僕の夢を応援してくれる姉に、心の底からありがとうと言いたい。
東京都 22才 男性
祖父へ
私には祖父がいました。私は祖父だけには、はずかしくて「ありがとう」とは言えません。祖父は料理を教えてくれたり、工作を一緒にやってくれたりしました。でも私は、ありがとうを伝えられません。ニコッと笑うくらいでした。もう祖父にありがとうは伝えられません。もう祖父の顔を見て心からありがとうを言える日は来ません。もっと言っておけばよかった…。今はそれがとても心残りだし、とっても後悔しています。だけど、お仏壇の前でありがとうと言うのもちょっと…。祖父は私を見守ってくれていると思います。だからこの場をかりて言わせてもらいます。ありがとう。私はありがとうを祖父の顔を見て言えませんでした。だから他の人にはありがとうを言って、後悔せずにいたいです。
愛知県 11才 女子
亡き父へ
小5の朝、登校直前に上着の裾のほつれに気づいた。父がすぐ慣れない手つきで縫ってくれた。でも私は「急いで!」としか言わず、終わると一目散に集合場所へ飛び出した。今思えば、上着を脱いで、どうして自分で直さなかったのか定かではない。母が病弱で入退院を繰り返していたため、幼い頃から、家事は年の離れた姉兄と父がしてくれた。私も時々手伝ったが。小1の入学式は父同伴。男性は父一人で保護者代表の挨拶。なぜか恥ずかしかった。遠足のおにぎりを「三角にならん。」とブツブツ言いながら握ってくれた父。年を重ねるにつれ、亡き父のことがしきりに思い出される。男の家事は当たり前で育った私には、婚家の「家事は女の仕事」は驚きだった。だからこそ、きちんと伝えたい。「お父ちゃん、縫ってくれてありがとう」と。
愛知県 65才 女性
電車で出会った見知らぬ人たちへ
妊婦になってから大きなお腹を抱えて電車に乗るのは苦痛でした。混雑のピークを避けていても、都会の電車が空いていることはあまりありません。とにかく転ばないように手すりにつかまる毎日でしたが、そんな私に気づいて席を譲ってくださる方々がいました。申し訳ない気持ちに襲われますが、そのお気持ちが本当にありがたく、お礼の言葉と深いお辞儀で感謝を伝えてきました。そんな妊娠期間を経て、来月やっとお腹の子に会えます。子供には「あなたは、いろんな人の好意に守られてきたんだよ」と伝えるつもりです。席を譲ってくださった名前も知らない皆様、本当にありがとう。
東京都 36才 女性
大しんゆうへ
小学2年生の時まであまり友達と言える相手がいませんでした。そのせいで外にでるのがあまりすきじゃありませんでした。でもあるせきがえの日、しんちょうが同じぐらいの子が私に話しかけてくれました。「同じはんだね。よろしくね!」「う、うん。」テンションが高くて明るい女の子が元気に話しかけてくれました。私はうん、としか言いようがなくてこまっていました。だけどその子と話すと自然に私も元気になります。友達ができたというかんかくがうれしくてたまりませんでした。その子のおかげで今、私にはたくさんの友達がいます。友達へいつもありがとう!クラスははなれたけどおたがいがんばろうね!
愛知県 8才 女子
母へ
ある日届いた母からのメール。アリの絵文字がたくさん並んで、最後にひよこの絵文字。ひよこの絵文字は、母の機嫌が良いときに付けられるものだけど、この大量のアリは何?何とか解読しようと考え、アリを数えてみたら10匹。なるほど!「ありがとう」だ。娘として、シャイで不器用な母の性格は十分にわかっている。そんな母が一生懸命「ありがとう」を伝えようとしてくれたことを想い、胸がいっぱいになった。親子にしかわからない謎のメッセージ、親子の絆。私はこれからも、母を大切にしていきたいと思う。お母さん、いつもありがとう。
愛知県 36才 女性
妹へ
私の妹で自分の意見は曲げないS子。そんな性格だから、会えば必ずお互い譲らず衝突ばかりですが、なぜか気の合う妹です。そんなS子が2011年の東北地方太平洋沖地震の被害に遭い、1週間連絡がとれませんでした。もうだめか、と思った時に、ようやく連絡がつきホッとしたのですが、その時電話で言った言葉が「生きててくれてありがとう!」でした。もうだめだ、もう死んでるよ、と心の中ではあきらめかけていた私の素直な気持ちが、そのまま口から出たのでした。その後も意見の食い違いは絶えませんが、生きていればこそなんです!生きてるありがたみが、私達の兄妹関係をさらに強いものにしていると思っております。
北海道 56才 男性
お父さんへ
血よりも濃い繋がりはないと、ある人が言いました。でもあなたは、血の繋がりを超えた愛情で、たった一人、私を育て上げてくれました。「お前が幸せならお父さんも幸せ。」と私が結婚するとき、半分泣いて、半分笑ってそう言いましたね。あなたにとって、私は誇れる娘でしたか?私にとって、あなたは誰よりも強く優しい自慢のお父さんでした。母になった今、あなたの存在をより大きく感じています。そしてだからこそ今、あなたに伝えたいのです。お父さん、ありがとう。数えきれないくらいのありがとう。
沖縄県 27才 女性
夫へ
結婚して6年になり、なかなか子宝に恵まれずに悩んでいた時にあなたの「僕は子供が欲しいから結婚したわけではなく、君と共に生きたいと思ったから結婚したんだよ。だからこれからも二人で穏やかに生きていこうよ。」という言葉に救われました。その言葉に私の胸のつっかえが取れて子供がいない人生を受け入れようと思え、それと同時に私には大切な夫がいる事に改めて気が付くことができました。本当にありがたくて感謝の気持ちでいっぱいです。
宮城県 41才 女性
孫たちへ
きのうは足の裏に、きょうはズボンのお尻に、帰省していた孫たちが残していった動物や恐竜のシールが、我が家のあちらこちらから出現する。「気を付けとらんと、色んな所にくっ付いとるよ。」と妻。彼女もきっと変なところにくっ付けてひとりでニヤニヤしてたんだと思う。付けたままで外に出かけるとちょっと恥ずかしいけど、それを見つけるとなぜか切なくなる。東京の孫たち、今ごろ何してるかな。楽しい思い出をいっぱい残してくれて、ありがとう。
愛知県 67才 男性
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